遺族の提案、過労死防止の啓発が前進

今年も11月を中心に国が主催し、家族会などが協力する過労死等防止対策シンポジウムが全国各地で開かれます。遺族の体験発表や有識者らの講演などがメインという点は変わりませんが、今年は参加する側に変化が起きるかもしれません。それは過労死が起きた企業が参加するかもしれないからです。どうやって過労死を防ぐかなど対策をまとめた国の過労死防止大綱は去年改定され、シンポなどへの参加によって企業の啓発を進めることが盛り込まれました。過労死がなくなることを願う家族の意見が反映されたからです。今年から厚生労働省が労働基準監督署などを通じ個別の企業に連絡し、参加を後押しすることになりました。

再発防止の徹底
過労死防止大綱にはこう書かれました。経営幹部等の取り組みとして「事業場において過労死等が発生した場合には、経営幹部や現場の長が自ら、必要な全社研修の実施、シンポジウムや各種研修会への参加、職場の上司や同僚との関係等の調査による原因究明を図り、再発防止の徹底に努める」。これは、経営幹部や管理職にシンポへの参加を求めたものです。2014年に過労死等防止対策推進法が制定されましたが、過労死が起きた企業の取り組みを具体的に示したのは初めてです。

遺族の提案、企業も賛同
過労死が起きた企業にシンポジウムへの参加を呼びかけるようになったのは、昨年過労死防止大綱を見直す議論がきっかけでした。過労死防止大綱は、国の政策メニューの一覧表のようなもので、ここに盛り込まれると、国が人、モノ、金をかけて推進します。過労死遺族や、遺族を支援する弁護士らはこの防止協議会のメンバーです。自分たちの経験から企業や働く人たちに実行してほしいことを盛り込んだ大綱の見直し案を提出しました。その中で、過労死が起きた企業についてこう求めました。

「特に過労死・過労自殺を出してしまった企業の事業主・役員・人事労務担当者に対しては、過労死防止についての研修と、時間管理を含む人事労務施策の点検と見直しを何らかの形で義務付け、その結果を報告すること等が必要である。また当該企業の労働組合を含む労働者に対して『労働条件・労働問題過労死に関する啓発セミナー』の実施と参加を促すことも必要である」

再発防止のための研修や人事労務政策の点検、見直しを義務付けてはどうかという提案で、労働基準監督署への報告などをイメージしました。義務化が実現すれば、相当強力な仕組みとなりますが、企業側には異論も少なくないです。最終的には、シンポなどへの参加を促す自主的な取り組みとなりました。企業から選出されたメンバーも賛同して大綱に盛り込まれました。

減らない過労死過労自殺の実態
防止協議会は、過労死遺族や過労死防止に取り組み弁護士のほか、連合や経団連などの労使団体、経営側の弁護士、学識経験者などが委員です。今回、過労死が起きた企業の取り組みを求めた背景には、過労死や過労自殺、長時間労働やパワハラ、ハラスメントが一向に減らない実態があります。実際にこれらが起きたときには、労災申請や労災認定、そして、遺族、当事者による訴訟が起こされ、企業の責任が追及されることがあります。ただ、過労死などを起こした企業が再発防止策を実施することは法律上義務付けられているわけではなく、個々のケースでは、遺族と企業との和解や合意という形で盛り込まれることが少なくないです。

体験談に防止の知恵とヒント
近年、いくつかの和解事例で遺族や代理人弁護士による企業内での研修、講演が盛り込まれ、実施されています。企業内の再発防止の取り組みを遺族に一定期間継続して報告することを約束するケースもあります。周囲から見えるようにすることで、企業内の緊張感が維持され、取り組みが続く効果が期待されます。

シンポでは、遺族や当事者の体験や体験を通じて考えたことを聞くことができます。亡くなった家族のことや自分の体験を語ることは大きなエネルギーが必要です。思い出すことは、悲惨な体験を繰り返すことにもなりかねず、伝えたいことを十分に語れないことも少なくないです。しかし、遺族、当事者の話には、聞く側の人の立場それぞれにとって、身近となり得る多くのエッセンスが入っています。働き方の中身、過労死と分かった経緯、家族会の存在、会社との関係、労災申請や裁判、和解、心模様の変化…。
どれもこれも重要な話で、どうしたら防げるか、過労死と感じたらどこにどう相談するか、労災補償や企業責任をどう果たすか、企業はどう行動すべきかなど、防止や対応の知恵とヒントが詰まっています。

このほか、残業時間規制やパワハラなどハラスメント対策が強化された法令の動向や、実際の事例とその対策、企業の働き方改革の取り組み事例なども学ぶこともできます。企業にとって、これから取り組みを始めたり、これまでの対応を更新する貴重な機会となるでしょう。

厚生労働省は、過労死が起きた企業にシンポへの参加を促すことについて今年6月の過労死防止協議会で「労務管理などに問題があるような企業があれば、シンポジウムに参加していただくことが再発防止に効果的だと考えている」として、労働基準監督署などから直接開催案内を送る方針です。

企業の皆さん、過労死が起きたかどうかに関わらず、ぜひご参加ください。

(ジャーナリスト 川井猛)

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