沈黙は次の犠牲者を生む―電通過労死事件 高橋まつりさんのご遺族より

「休職か退職か自分で決めるから、お母さんは口出ししないでね」と言ったまつり。
2カ月後の2015年12月25日クリスマスの朝、まつりは前月24歳になったばかりの自分の人生を終わらせました。
私は駆けつけた警察で娘の自殺の原因を尋ねられ、「仕事が原因です」と答えました。

あんなに元気で強かった娘がどうして自らいのちを絶ってしまったのか・・・。
会社の酷い労働環境に苦しんでいた様子を、娘はたくさん残していました。

「残業するなと言われるのに、新人は死ぬほど働けと言われて意味わからない。この会社おかしい」
「今週10時間しか寝てない」
「こんなに辛いと思わなかった」
「これが続くなら死んだ方がよっぽど幸せなんじゃないかとさえ思う」

娘は私や会社の人に沢山のSOSを出していたのに、
相談していた先輩も同じように長時間労働で体調を崩しており、
誰も娘を助けられませんでした。

大学を卒業した娘は大学院には進まず、出来るだけ早く自立して母に仕送りをしたいと言い、年収が高いと評判の大手広告代理店株式会社電通を就職先に決めました。
学生の就職先として人気の会社で、仕事で文章力やコミュニケーション能力を発揮したいと言っていました。

私はこの会社の激務の評判や過去に過労自殺があったことを知り、とても心配でした。
でも娘は「私は大丈夫。小さい頃から自分の努力で色んな困難を乗り越えてきたんだから」と笑って答えていました。

入社すると、異常な社風は娘の想像以上でした。
過去の過労自殺にも社風は変わることはなく、労基署から再三是正勧告を受けていたのに、上司は残業隠しのために娘たち部下に残業時間を少なく申告するように命じていたのです。

娘の死が労災認定され、社長は記者会見で謝罪し、労働環境の改善を誓いました。
さらに会社は労基法違反で有罪になりました。

でもどんなことをしても娘は生きて帰ってくることはありません。

娘がこの会社に入っていなければ、長時間労働やハラスメントで精神が追い込まれることはなかったでしょう。
娘は今も生きて自分の夢を実現させながら社会に貢献していたかもしれません。
結婚して仕事しながら子どもを持つというささやかな夢も、実現していたかもしれません。

私が娘の過労自殺の公表を決断したきっかけは「過重労働で亡くなったのはまつりさんだけではない」という代理人の川人博弁護士の言葉でした。
沈黙は次の犠牲者を生むと思ったのです。
娘が死に追い込まれた原因を、これ以上放置してはいけないと思いました。

日本では仕事が原因で、沢山の人がいのちや健康を失っています。
著作( i )の後半では、娘のように過労自殺に追い込まれた若者たちの職場の様子を川人弁護士が記され、「なぜ死に追い込まれたか」に迫っています。
多くの方に娘の人生とその後を綴ったこの本を読んでいただき、過労死・過労自殺を無くすために、日本の「働くこと」の意識を変え、働く人のいのちと健康を守って欲しいと思います。
働く人たち、若者たち、これから社会に出ていく子どもたちを守って欲しいと思います。

高橋 幸美

高橋幸美・川人博 2017 『過労死ゼロの社会を 高橋まつりさんはなぜ亡くなったのか』連合出版

Zinnia編集部より

2020年11月の福岡シンポジウムでは、電通に勤務し過労死に追い込まれた高橋まつりさんの母、幸美さんにご登壇いただく予定です。
当事者の声を届けることで皆さまへ「働き方」への関心を深めていただき、「普通の幸せ」を奪われる悲しみを繰り返さないように、との想いから、著作についての手記をよせていただきました。
ぜひ、高橋さんの著作についても御一読ください。

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